tsugubooks

会社員が、週末本屋さん・tsugubooksをしてみたキロク。清澄白河と下北沢での本屋さん活動や、本の旅のことを。少しずつ整えていきます。

小屋ローグ #7「等身大の日常と非日常について(あるいは祭りロスについて)」

(会はすでに終了しています。記録用として、Facebook投稿から一部変更し、記載。)

 

小屋ローグ第7回に関するメモ。

<概要>

・第7回テーマ 「等身大の日常と非日常について(あるいは祭りロスについて)」
・場所 gift_lab GARAGE@清澄白河
・予約 不要
・時間 本日は20時開始。ただし、20時前でも、カフェは開いています。
    ちょっとお食事したい方、お茶したい方は、お早めに。

 

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店主のいない小屋バー。

 

===(テーマ説明文)=====
わたしはどこかにフラリと行くのが好きで、その行為自体は自分の日常なのですが。
旅先から帰ったら、「いやな普段の日常を忘れて、非日常に行くっていいよね!日常に戻っちゃったね!」と言われたことがあります。
また、本業(本と全く関係のない業界の会社員)とtsugubooks活動とを、日常と非日常と評されたこともあります。


それは、とても新鮮でした。
自分の中ではぜんぶが「日常」で「暮らし」だったので。すごくおもしろい。
言葉の定義が違うだけなのか、日々の生活に関する考え方・期待するものの違いなのか(旅のときは、聴きあったら、後者でした)。


それから、昔住んだまちには、とてもとても有名なお祭りがあって。
よそ者のわたしにとっては、お祭り本番は非日常でいつもの空気とは全然違ってドキドキでしたが、そのまちで生まれ育った友人は「ドキドキするし本番は特別な日だけど、でもこれは準備も全部ひっくるめて、当たり前の日常だよ。一生続くもん。」と言ってました。(もっと方言でかわいかったけど)


みなさんの「日常」はどこにありますか、辛いものですか楽しいものですか、「非日常」との境目はありますか、場所で決まるのですか。


何が良いとか悪いとかではなく、聴いてみたいのです。
お祭りについて熱く語りたい方も、募集中。

本日も、小屋でお待ちしています。

 

★小屋バー店主後藤さんの案内文は、コチラ

例えば、現代的なごく一般的な生活の尺度で「仕事と休日」という言葉に置き換えて考えたりする人も少なくないのではないだろうか。
でも本当にそれだけなのだろうか?
日常は変化がなく退屈、非日常はいつもと違って刺激的、そう決まっているか、というと、必ずしもそれだけでなかったりする。

 

「ただいま」と帰る場所が、ひとをもてなす場にもなる。
自分の日常が、他人の非日常になっている(またはその逆も)ことを実感として体験していると、さらにその区別は曖昧になっていく。