tsugubooks

会社員が、週末本屋さん・tsugubooksをしてみたキロク。清澄白河と下北沢での本屋さん活動や、本の旅のことを。少しずつ整えていきます。

祝「君の膵臓をたべたい」文庫本化&コミック化!文禄堂へ買いに行く。

GW中に行っておかなきゃ!2つめ。
文禄堂 荻窪店。

吉祥寺から、中央線で2駅。谷川史子さんの原画展の後、足を運ぶ。
文禄堂は夜遅くまで開いているので、安心してのんびり行く。 

 

こちらのツイートを見て。

 

『君の膵臓をたべたい』の世界を味わえるイベントがある!

<「書店体験を変えるIoTプロダクト」実証実験!Bookkeey>

  • 期間:2017/4/27(木)-5/7(日)
  • 時間:9-25時(日・祝のみ10-24時)
  • 場所:文禄堂荻窪店内 BOOK ROUTE

“本を手に取る”という動作をキーにさまざまなコンテンツを発信する、本の販売台を楽しめる。
また、あわせて「共病文庫」へのメッセージ記入、loundrawさんのパネル展示、缶バッジのプレゼントも。

 

  

歩きながら、『キミスイ』と自分のことを、振り返った。ちょっと、書いてみたい。

 

目次

小説『君の膵臓をたべたい』のこと

『君の膵臓をたべたい』とは

あらすじ

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。
それは、クラスメイトである山内桜良が密かに綴っていた日記帳だった。
そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて——。
読後、きっとこのタイトルに涙する。
デビュー作にして2016年本屋大賞・堂々の第2位、80万部突破のベストセラー待望の文庫化!
(双葉社HP http://www.futabasha.co.jp/introduction/2015/kimisui/ より)

受賞歴

  • 「2016年本屋大賞」第2位
  • 「第3回Yahoo!検索大賞 カルチャーカテゴリ」小説部門賞
  • 紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめする 「キノベス!2016」 第3位
  • 2016年TSUTAYA BOOKS上半期ランキング【総合部門】第1位
  • 第1回宮脇書店大賞「ミヤボン」 第1位 

など、他多数

 『キミスイ』との出会い

『君の膵臓をたべたい(通称、キミスイ)』の単行本が出た頃、わたしは『キミスイ』が好きではなかった。正確にいうと、『キミスイ』の売られ方が嫌いだった。

“読後、きっとこのタイトルに涙する”
“セカチューの次はキミスイだ!”
“セカチューを彷彿とさせる純愛小説!”
“絶対に泣ける小説!”

書店で、こんなPOPをたくさん見た。単行本を手に取ろうとは、思えなかった。

わたしの涙はわたしのものだし、セカチューが基準ではないし、絶対ってなんやーーーと。怒っていた。(「涙した」「泣いた」なら、良かったのだけれども。)

タイトルが気になって、なんで「膵臓」なんだろうって、引っかかってはいたが、それ以上に「読むもんか」という反発心が強かった。

『キミスイ』を受け入れられた日

発売から1年半近く経った頃、周りの人たちから続けて「『キミスイ』いいよ」という声を聞いた。
ちょうどその年の春くらいから、友人によって読書の幅を広げてもらう体験を少しずつ積み重ねてきていたこともあり、今なら自分の「読むもんか」を超えて人の「いいよ」を受け入れられる気がした。食わず嫌いを卒業する時がきたのだ。

2016年11月20日、松陰神社前のまちの本屋さんで、『キミスイ』を買った。POPは無かった。

心を通わせる

 ここだけ抜き出すとなんだか・・という気もするが、大好きな一節なので、引用する。

きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ。
(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P222)

 

我が家は(30歳を過ぎてから気づいたのだけれども)、母親の基本スタンスが「対話」で、家族の中には「対話」があった。母親とわたしは今何を考えて何を感じているかをよく交換していた。
母は全こどもの可能性を真剣に信じている。「多様性」を受け入れている、いや、ひとりひとりをそのまま受け入れている。だから、わたしは幼稚園に行くまで、「自分の感想や意見を頭ごなしに否定される」という経験が無かった。家では、安心して発言ができた。「そんな風に感じるの、おかしい」なんて言われたことがなかったから。
もちろん、「会話」や「議論」もあったし、「どうでもいい世間話」もたくさんあったし、間違ったことを注意されることやいけないことをして叱られることは度々あったし、父には家を追い出されたりもしたのだけれど。
自分とは違う意見でも尊重して寄り添おうとしてくれる。穏やかでまるごと受け止める。そんな母に守られていたのだと思う。(優しい、何も気にせず穏やか、ではない。繊細さの裏返し。自分がずっと世間とのずれを感じ、違和感を持ち、“自分”を侵略されるのを恐れている。だから人のことも侵略しない。これもずっと後に気がついた。)

しかし、幼稚園・小学校とあがるにつれ、容赦なく「大多数」の人々はやってくる。
大多数の人は言う。
「みんな、そう思ってるよ。」
「普通は、そうじゃない。」
「なんで○○ちゃんにこんなことされて、怒らないの?」

怖かった。

怒りの感情が少なくて、みんなといるだけで楽しい、人が大好き。だからいつもニコニコしている。それが、わたし。
友人がたくさんいて、いつも中心にいるタイプ。人が好きだからどんどん友達ができていく。それに伴って、心の中の違和感も増殖していく。理解してもらえることなんて無い、人と違うのかもしれない、という諦めと恐れを持って人と接する。それも、わたし。
小学一年生の頃にはすでにそんな2つの柱を持っていた。

 

自分の感情や意見を「おかしい」と笑われること、自分以外の誰かが感情や意見を「おかしい」と笑われること、つまり人としての尊厳を奪われること。それを、とにかく恐れていた。授業で指されて答えを間違えて笑われるのなんて、全く怖く無い。そういうことじゃない。
本来正解がないはずの、「誰かが感じたこと、誰かが考えたこと」を笑う人がいる、踏みにじる人がいる、そういう暴力がとてつもなく怖かった。

家の外は、「大多数」の人々の声で溢れていて、「大多数」の人が「少数派」の人間性を否定する。否定が繰り返される場所だと思っていた。物心ついた時にはそういう場所だった。特に何か大きな期待をすることもなかった。
長い時間を一緒に過ごし共感できることも多々ある親友と呼べる友人たちがいたし、仲が良い同期もいたし、時には彼氏もいた。一緒に楽しい時間を積み重ねた。
でもその頃までは「好きなこと、もの、人」の話は誰にもできない、とどこかで思っていたかもしれない。「好き」はひとりで追っかけるもの。「好き」について、人と話したい、人に話したい、と望むことは無かった。自分の感情や意見は埋もれさせておきたかった。

 

30を過ぎて、いろんな世界を見に行って、「共感しないことでも、理解しあおうとしてくれる人」に出会った。びっくりした。

「絶対わかりあえない」という前提を共有したうえで、わかろうとしてくれる人がいた。
性格が違いすぎて、話したことが意図しない方向に受け取られてイライラするし、わたしが好きなものを全然好きじゃないし、良かれと思って伝えたことがマイナスに伝わり叱られる。でも、簡単に「わかるわかる」と言わない。「理解」しようとしてくれる。一生懸命聴いてくれる。
わたしが「もういいや」と思って怒って終わりにしようとしたら、「人とのコミュニケーションをあきらめるな」と説教される。関係を切らせてくれない。

嬉しかった。
「考えたこと、感じたこと」を話す中で、確かに心が通う瞬間があった。

それから3年。
おかげで、何人もの、心を通わせられた人・これから通わせられるかもしれない人に出会うことができた。 

誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しい、誰かと一緒にいたら鬱陶しい、誰かと手を繋ぐ、誰かとハグをする、誰かとすれ違う。それが、生きる。自分たった一人じゃ、自分がいるって分からない。誰かを好きなのに誰かを嫌いな私、誰かと一緒にいて楽しいのに誰かと一緒にいて鬱陶しいと思う私、そういう人と私の関係が、他の人じゃない、私が生きてるってことだと思う。
(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P222)

生きていた。
僕は彼女のおかげで、この四ヶ月間を生きていた。
きっと人として初めて。
彼女と心を通わせることで。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。

(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P298)

 

多分、ひとりでも、日々を過ごしていくことは、できる。
でも、誰かを好きになったり、鬱陶しいと思ったりしながら、生きていきたいと強く思う。

僕らは、自分だけじゃ足りなかったんだ。
だからお互いを補うために生きてきた。

(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P321)

 

この作品が、大好きだ。大切な一冊になった。
泣けるからじゃない、セカチューのような純愛小説だからじゃない。
そこにこの二人だから織りなせる物語があったから、だ。
また、同時に、自分の物語だと思えたからだとも思う。

 

 

というわけで、 文庫本とコミックも買うことに決めていた。
いざ、荻窪へ。

 

文禄堂に行ってきた

文禄堂 荻窪店

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▶︎Twitter https://twitter.com/AyumiBooks_Og

 

移動式本屋「BOOK ROUTE」がお出迎え!

今回の取り組みの説明をしてくれている。

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書店体験を変えるIOTプロダクト

映画化記念「君の膵臓をたべたい(住野よる)」×五感を刺激する未来の本棚「Bookkey」実験中

世界観を体感できる仕掛け“Bookkey”。売り場に近づいたり、商品を手に取ると、視覚・聴覚・嗅覚を刺激するイベントが作動します!
ぜひ、本に触れて体験してみてください!

“共病文庫”は、イベント終了後住野よる先生にお渡し致します。
感想や、メッセージをご自由にお書き下さい!!

 

共病文庫とBookkeyとキミスイタワー 

◎共病文庫が・・・!
 住野先生へのメッセージを書けるようになっていた。もちろん書いた。

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20XX年 11月 23日
 本日から、共病文庫と名付けたこれに日々の想いや行動を書いていこうと思う。家族以外の誰にも言わないけれど、私は、あと数年で死んじゃう。それを受け止めて、病気と一緒に生きる為に書く。
(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P19)

 

◎キミスイタワー!

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(あえて「カメラ撮影OK」も写してみた。こういうのあると撮りやすくて嬉しい。)

 ◎全体像

 ここだけ、まだ春。桜桜桜。

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◎Bookkey

 (見えづらいですが)TVの上にカメラ?センサー?があって、この前を通りかかった人の年齢や性別、動きに応じて、その人にあう画像・香り・音・風などを送り出す仕組み。「キミスイ」の世界の再現を狙う。
 なお、「共病文庫」にメッセージを書き込むと、隠しコンテンツが表示される。らしい。

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前に立ちウロウロしたり、共病文庫にメッセージを書いたりしていたら、何種類もの映像が流れた。
正直なところ、桜の香りはわからず(出てたのかな?)、映像も何をしたらどういう映像が出るのかとかわたしにはわからなかったけど、イラストの絵と色が綺麗で、ほぅっとなる。何種類も見られて嬉しかった。

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映画・・!7/28!楽しみ。

 

小説・コミック・映画…どこから入る?

文庫本と漫画を購入。
ちなみに、先着30名に配布の缶バッジは、配布終了だった。大人気。

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小説、コミック、映画、とあると、どれから見たら良いのか迷われる方もいるかもしれない。
わたしのオススメは、小説→コミック→映画。余白が多い順。文字だけで楽しみ、イメージも楽しみ、動きや音も楽しむ。
人気小説のコミック化・映像化は「なんかちがーーーう!」という感想を持つことも多いが、キミスイはそれぞれの良さを活かしてくれるのではないかと信じている。

 

教えてあげる。桜は散ってから、実はその三ヶ月くらい後には次の花の芽をつけるんだよ。だけど、その芽は一度眠るの。暖かくなってくるのを待って、それから一気に咲く。つまり、桜は咲くべき時を待ってるんだよ。素敵じゃない?
(『君の膵臓をたべたい』文庫版 P215)

 

『君の膵臓をたべたい』は、 本屋大賞にもノミネートされ、売れた。
そのとき、わたしのように「宣伝がいやで買わない」という人もいただろう。
そういう人にこそ、コミック化・文庫本化・映画化を機会に、ぜひ読んでもらいたい。
咲くべき時を、待っている。

 

住野先生のツイートより。

先生もオススメは、小説から!

でもコミックももちろん良い!