tsugubooks

会社員が、週末本屋さん・tsugubooksをしてみたキロク。清澄白河と下北沢での本屋さん活動や、本の旅のことを。少しずつ整えていきます。

ゴウちゃんみたいに生きたいと思った日。

その本には、2012年夏、羽田空港の田辺書店で、出会った。

 

社会人生活のスタートは、九州。
同僚と上司に恵まれ充実していたものの、出身地である関西からも学生時代を過ごした東京からも遠い、初めて暮らすまち。
3年間は朝から晩まで仕事をしていて、会社外で友人をつくるなんてことも、できなかった。
東京の友人たちのメールに返信をする心の余裕も、なかった。

仕事仕事の毎日は、知らないうちに自分の世界を狭めていったようだ。
元々(見えないと言われるが)小心者だったのが、さらに自分の本音は話せない消極的な性格になっていったように思う。

 

少し余裕が出てきた頃、また本を読むようになる。
同時期にIT系スタートアップの人たちと知り合い、読書メーターやブクログなどのWebサービスを知る。
当時大好きなサービスがあって、そこで文章を書くことにした。
本と本屋さんが好きだなんて、リアルでは言えなかったけれど、Web上では思い切り言えた。自由になれた。

 

あるとき、大好きなサービスの運営者から、「本や読書サービスについて、運営者側で文章を書いて欲しい」と依頼をいただく。
Webサービスに載せるだけではなく、さらにメディアに転載されることが決まっているという。
「(文章がうまいわけではないけれど、)本と本屋さんに対するスキが溢れていることが伝わるから。」という理由だった。

 

 

しかし、わたしは受けることができなかった。

「自分は、ITや本とは全く関係のない業界の、何の取り柄もないつまらない人間。好きでたまらない本も本屋さんもWebサービスも確かにあるけれど、こんな人間が書いてはダメだ。」
真剣にそう思ったのだ。

その頃、「なんで本が好きなのに、金融に行ったの?」と訊かれることも多々あったことも、影響していたのかもしれない。

「本を仕事にしていないのに、“本が好き”って言っていいのだろうか?」
「本業界にいない自分に、何ができる?」
「本好きは、“読者”か“本業界ではたらく人”になるべきで、どちらでもないのはおかしい。」と思っていたのだと思う。

「こうあるべき」という考えでがんじがらめになって、身動きがとれない。
どうしても「受けます」と言えない。
文章も一切書けなくなった。

 

数ヶ月後、東京出張の帰り道。
“・・・・の、奇跡の物語”とかいうコピーがついたその本を、「軽そうだし、適度に泣けて、いいかも」と手にとった。
帰宅までの暇つぶしのつもりだった。

 

飛行機で本を開くと、そこには、映画と映画館が好きで好きでたまらない親子の姿と、その親子が綴った愛溢れる文章が、あった。

観る人を幸福にする映画。そんな映画に、本日、出会った。

劇場を出ると、銀座の冷たい夜風が濡れて乾いた頬に気持ちよかった。感謝しなくちゃ、と小生思った。こんな映画が観られる世の中で、万事平和な世の中で、ほんとうによかった。

借金取りに追いかけられようと、女房娘に疎まれようと、映画を好きな人生で、つくづく小生、幸福者である。

だから、本日、この幸福を胸いっぱいに、麻雀牌をつままず、まっすぐ帰宅した次第である。

 

もう何度も観た映画にもかかわらず、「ニュー・シネマ・パラダイス」を名画座で観終わったあと、ここで観てよかった、と思った。もちろん、名画はどこで観たって名画だ。けれど夏の夜空に咲く花火を、家の狭いベランダからではなく、川の匂いと夜風を感じる川辺で見上げればひときわ美しいように、映画館で観れば、それはいっそう胸に沁みる。

名画は、大輪の花火である。それを仕掛ける川辺がいま、失われつつあることを私は惜しむ。


涙が止まらなかった。

 

どんな人間であっても、映画を好きでいていい。自由に映画愛を語っていい。
映画を好きというただそれだけで、仲間ができる。

その本は、わたしを自由にしてくれた。

 

本の名前は、『キネマの神様』という。

 

キネマの神様 (文春文庫)

キネマの神様 (文春文庫)

 

 

 

まだ何も考えていなかったあの頃のような、スキが溢れる文章は書けないけれど、また書いていきたいという気持ちはある。

少しずつ好きなものを好きと言えるようになってきて、そのおかげで本好きの友人もできた。本の活動も始められた。

 

「本を好きな人生で、つくづく小生、幸福者である。」

 

いつか、『キネマの神様』のゴウちゃんのように、愛溢れる伝わる文章を、書きたい。