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tsugubooks

会社員が、週末本屋さん・tsugubooksをしてみたキロク。清澄白河と下北沢での本屋さん活動や、本の旅のことを。少しずつ整えていきます。

脳内を交換する

「tsugubooksは、本のことをネタに人とつながる場所をつくりたいということですか?とにかく人とつながる、仲良しなコミュニティをつくりたい、ということ??」と訊かれた。

 

当初の私の説明不足を反省する。
そうではないんです、むしろそういうのにはしたくないんです、異なる意見を持つ人たちが、共通の考えや共通の興味事項のもと集まってきて、それを軸にともに生きていく場をつくりたいのかもしれない。と答えた。 

 

「うんうん、わかる」と何にでも共感しあってつながりたいわけでは、決してない。
むしろそういうのは息苦しい。

 

 

私は、人と対話をすることで、その人の脳の中を覗き見したい。その人の考えを知りたいと思うことがよくある。
自分と、自分のまわりにいる人とが、考えが違うということがよくあって、そこがおもしろいなぁと思う。相手をもっと知りたいと思う。

 

また、自分以外の誰かの考えを知るということは、自分を知る、ということでもある。
自分では考えもつかなかった意見やアイデアが出てきたときに、感動したり嫌悪感を感じたり言葉にできない違和感を感じたり、する。
自分の脳内の枠を超えたときに感じる気持ちがあって、そこで初めて「あぁー自分はこう思っていたんだなぁ」とわかったり、する。
「自分の気持ち」なんて、自分でいくら考えてもわからない。他者と関係していく中で見つけられることが多いように思う。

 

人の意見は違って当然で、それで良いのだけれど、それを「あなたにはわからない」と切るのではなく、また「わかるわかる」と自分の思考範囲の中だけで理解した気になるのではなく、とにかく相手の考えをまず知るというか相手に興味を持ち相手の見えている景色を見ようとする。
相手にはなりえないことを知りながら、それでも知ろうとする。
 

そして、自分の意見を話して、お互いに相手の景色と自分の景色とを見ていく。
その過程の中で、気づきが生みだされる。ときには自分の考えが変わるし、ときには自分の考えは変わらず自分はこう思っているのだと再認識する。
思考が深まれば自ずとその後の仕事やプライベートに影響がある(行動が変わる)。

 

ひとりで本を読むのは楽しい。できればひとりでずっと読んでいたいくらい。
そして、ひとりで読んだ本について、誰かと話すこと、誰かと脳内を交換することは、同じくらい楽しい。また別の喜びである。
両方の喜びを得たい。

 

本をきっかけにして話す。
脳内を交換する。
へーそんなこと考えてるんだーと相手に興味がもてる。
「違う」意見をおもしろがれる、許せる。
相手の居場所ができる、つまりは、自分の居場所ができる。
そんな場をつくりたい。

 

それはとても贅沢で、居場所を感じられる時間だと思うから。