tsugubooks

会社員が、週末本屋さん・tsugubooksをしてみたキロク。清澄白河と下北沢での本屋さん活動や、本の旅のことを。少しずつ整えていきます。

読書カフェ 滴塾 vol.24 『愛と欲望の雑談』を読む

ご近所リトルトーキョーで開催されている「読書カフェ 滴塾」に初参加。
時間を過ぎてもおしゃべりが止まらない・・そんな夜でした。

 

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みなさんが「気になった箇所」としてあげていたところを、いくつか。

持っている者が持ってない者をバカにするっていうのが定型だったのに、いまは持ってない者が持ってる者のことをバカにする。「お前なんか持ってるくせに、持ってない人間の気持ちなんかわかんねぇだろう」って。

これには「わかるわかる、そうなっていると感じる」と、ほぼみなさん同意。

 

美人とかかわいいっていう褒めもあるんですけど、集団の中でそれをやると軋轢が生まれることを知っているので、言っても大丈夫な関係性の中でしか言わないですね。男の人はすっごい無頓着に、女の集団の中の一人を「美人ですねー!」とか言いますけど、あれめちゃくちゃ迷惑なんですよ(笑)。

こちらには男性から「わかんないなー、難しいなー」という声。「面倒だねー!」と言う人も。こういう率直な意見が聞けるのも読書会のイイところ。

 

希望を持たないほうが楽だというのは、何かを放棄していると思うんです。希望を持たないほうが楽っていうのは、私は・・こういう言い方は変ですが、「美しくない」と思うんです。生き方として。

「この文章わかる!」という声多数。そんな共感から始まったお話は、よくよく聞いていくと、「希望を持たないほうが楽」がわかる!な人、「美しくない」がわかる!な人、両方「わかるけど・・」な人がいて。みんなの「わかる」と言ったポイントのズレがおもしろかった。

 

早めの「自分と一緒!」判断=共感は、むしろ相手への理解を邪魔する。丁寧に確認していくことで、自分と一緒ではないことを知る。それは自分と違うから相手が遠いということではなく、むしろ新たな面を知ってますます相手を好きになれる瞬間。近く感じられるというか。 丁寧に話を聞くことを大事にしていきたいとあらためて思ったのでした。

 

では日本人はどうかというと、日本人は「和を尊ぶ」とか「マナーがいい」と言われるでしょう。あれは「信頼」ではなく、「安心」だということなんです。この人は絶対そんなことしないんだ、という安心に対する志向性は強いけれど、一般的な他者に対する信頼はものすごく低い。

「これについて書いてあるこういう本があるよー」と本の紹介がありました。
タイトルを忘れてしまった・・。
(追記:スズキさんに教えていただきました!)
安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』 (中公新書/山岸 俊男 著) 

 

(岸)彼氏に知られないように中絶してたんですね。「えーー!まじで!なんで言ってへんの」って聞いたら「バレたらふられるから」って、内緒で堕ろしてるんです。

(雨)あ〜〜、その気持ちわかるけど・・・わかるけどきついなぁ。

(岸)わかるんだ・・・。

わたしは岸さんに勝手に親近感があったので、岸さんが「わかる」に驚かれたことに驚いたけれど。男性は「わからない」「なんで言えないの」と。ここも、女性と男性で反応が大きく分かれたところ。男女だけで分けるのは好きじゃないけど、実際この手の話はある程度性別で分かれるのはしょうがない。

おおっと思ったのが、「この中絶したと岸さんに話している女性が、いくつなのか」という疑問。「女子高生が言うのと、大学生が言うのと、社会人が言うのとでは、違う。岸さんは大人の女性が言ったから驚いたのでは?」との話が出た。
ふむふむ。そういうふうには考えていなかったなぁ。そういうことはあるかも。
ただ、いくつになっても「気持ちはわかる」かも。そう伝えた。
男性陣は、それはそれで不思議というかショックのようでした。

 

  

今回は岸政彦さんの他の本をすでに読んできた人が多かったので、「この本は素の岸さんの反応が見られて新鮮で良かった」という話でも盛り上がりました。普段は話を受け止めておられる側なので、反応はあまり文字になりませんから。

“乙女言うな(笑)”
“ぎゃー、違いますよ(笑)”
“それどういうことやねん(笑)”
・・反応がそのまま見られるのは、雑談ならではですね。(対談ではなく雑談というのに納得!)

 

というわけで、『愛と欲望の雑談』を起点に、たくさんおしゃべりしました。

たくさんの“雑談”がうまれました。

 

岸政彦さんのあとがきに、こんな一節があります。

 

私たちはときには譲り合うことなく対立しながらも(例・浮気の是非)、他者を信頼したい、他者とともに在りたいという思いについては、共有していたと思う。

 滴塾の読書会も、同じような場でした。
わかりあえないことを前提として、それでも人がどう感じたか聞いてみたい。自分がどう感じたか口にしてみたい。共感はできなくとも、理解はしたい。
良い時間でした。

 

滴塾の読書会は、しばらくおやすみだそうです。
また、開かれる日を心待ちにしています。